コラム

親が子どものレールを敷くこと

親が子どものレールを敷くこと

「親が子どものレールを敷く」

この言葉はネガティブなこととしてとらえられることが多いと思います。実際はどうなのでしょう。

過保護と過干渉

過保護と過干渉という言葉があります。どちらもネガティブな意味で使われることが多いと思います。「親が子どものレールを敷く」ことについて、過保護と過干渉から考えてみようと思います。

過保護とは、子どもが望むことを親がやり過ぎることです。

子どもの意志に沿っているので、子どもの意志が尊重されているので、子どもの心に悪影響を及ぼすことはあまりないと考えられています。ただし、子どもが望むからといって何でも買い与えていると、健全な金銭感覚が養われないといった別の問題が起こりうるので、その点は注意が必要です。

過干渉とは、子どもが望まないのに親がやり過ぎることです。

子どもは、自分で考えて、チャレンジして、成功して、時には失敗して、悩んで、立ち上がる経験を重ねて、自律性や積極性を身につけていきます。そのとき親に求められるのは、子どもの安全基地であることです。

親が安全基地であれば、家庭は成功を一緒に喜べる場所に、傷ついた心を回復する場所になります。失敗しても回復して再びチャレンジに向かえます。そうして自律性・積極性を育んでいきます。

親は子どもが傷つく姿を見ると心が痛みます。だからといって、失敗しないように先回りしてお膳立てするようなことをすると、自律性・積極性を育む機会を奪うことになりかねません。

「親が子どもをレールを敷く」が否定的に使われるのは、自律性や積極性を育む機会を奪いかねないからです。

親が敷いたレールから外れることを許されない子どもは、自分の考えは間違っていると感じるようになります。積み重なると、自分という存在を肯定するのがむずかしくなります。最近の流行の言葉で言うと、自己肯定感の低い人になります。

しかし、子どもは最初は何も知りません。わかりません。親が選択肢を示してあげることも必要です。その上で、子どもにレールを進む権利と、レールから外れる権利の両方を与えることが必要です。

整理すると

子どもが自律性と積極性を育むには、自分で考えて、行動して、成功して、時には失敗して、悩んで、立ち上がる機会が必要です。

親が子どものレールを敷くこと自体が問題ではなく、親が敷いたレール以外を選択できないのが問題です。選択をゆるされなければ、自己肯定感の低い、自分に自信が持てない子になってしまうかもしれません。レールを進む権利と外れる権利の双方を与えることが望まれます。

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