発言小町というネットの掲示板にて、次のような相談をしているトピックを見つけました。
- 結婚して20kg太った夫。
- 痩せてほしい。本人も太りたくないと思っている模様。
- 妻は食事制限に協力しているけれど、当の夫は隠れて食べている様子。
- 夫として良いところがたくさんあるのに身体を見ると嫌悪感で避けてしまう。
- この思いをどのように整理すれば良いか。
- どうすれば夫を痩せさせることができるか。

書き込まれたアドバイスの内容は大きく3つでした。
- 食事についてのアドバイス
- 運動についてのアドバイス
- あきらめる
この状態での食事や運動のアドバイスは、夫は受け入れる準備ができていないでしょうし、妻はがんばればがんばるほど、より気持ちが削られることになりそうです。私なら、という話をしてみたいと思います。
本人の状態に合わせた伝え方
夫が現在の生活を続けると、(2型)糖尿病になる危険性が大きいと思います。
糖尿病には1型と2型の2種類があります。1型糖尿病は、自己免疫によるもので生活習慣病ではありません。糖尿病患者全体の1割くらいで若年が多いです。2型糖尿病が生活習慣病とされるものです。生活習慣と遺伝の影響によるものです。糖尿病患者の9割以上が2型で中高年が多いです。
「糖尿病=生活習慣病」ではありません。このエントリーの趣旨から外れましたが、糖尿病について誤解してほしくないのであえて書きました。
生活習慣病の治療の中心は、薬物治療ではなく生活習慣の改善です。生活習慣の改善に関して、行動変容ステージモデルというものがあります。人が行動(生活習慣)を変えるには5つのステージがあり、それぞれのステージに合った働きかけを必要とするものです。
行動変容ステージモデル
行動変容ステージモデルの5つのステージは以下です。
- 【無関心期】6ヶ月以内に行動変容に向けた行動を起こす意思がない時期
- 【関心期】6ヶ月以内に行動変容に向けた行動を起こす意思がある時期
- 【準備期】1ヶ月以内に行動変容に向けた行動を起こす意思がある時期
- 【実行期】明確な行動変容が観察されるが、その持続がまだ6ヶ月未満である時期
- 【維持期】明確な行動変容が観察され、その期間が6ヶ月以上続いている時期
【無関心期】は、本人にまったく問題意識がありません。そんな人に食事制限と言っても、受け入れる可能性は低いでしょう。「たくさん食べられるのは健康の証」なんて言うかもしれません。「大きなお世話!」と反発されるかもしれません。
正しいことを勧めているのに理不尽ですね。掲示板で「あきらめる」とアドバイスする人は、このステージの人の説得をがんばって、理不尽で虚しくなる経験を重ねたのかもしれません。
【関心期】は、このままでは良くない、何とかしたい気持ちはありますが、行動を起こすに至ってない状態です。過去に試みて失敗したなどの要因で、できる気がしないのかもしれません。この状態の人に「食事制限すべき」のような言い方をすると、傷ついて反発されるかもしれません。
【準備期】は、これから行動を起こそうとしている状態です。この状態の人には、情報提供したり、具体的な取り組みを一緒に考えるなどして、最初の一歩を踏み出す支援を行うのが望ましいです。
【実行期】は、行動を始めたけれど習慣化に至ってない状態です。この状態の人には、取り組みをほめるなどして、行動の継続を支援します。
【維持期】は、行動が習慣化された、またはされつつある時期です。この状態の人は、障害となるようなことが起きても、自力で対処するようになっています。
無関心期・関心期の人には情報提供と自己効力感が向上する働きかけ
掲示板の相談者の夫は「本人も太りたくない」とあります。好意的に解釈すれば【関心期(問題意識はあるが行動する気はない)】で、妻に合わせて「太りたくない」言ってるだけなら【無関心期(問題意識がない)】と考えられます。
【無関心期】【関心期】の人への働きかけの基本は「情報提供」です。相談者の夫が【無関心期】であっても、糖尿病の懸念が小さくないことは、ぼんやり程度はわかっているでしょう。その重大さは理解していない、もしくは目を背けているのかもしれません。
情報提供の例としては、糖尿病とは具体的にこのようなもので、なってしまうと具体的にこのような現実が待っていると提示して、ぼんやりとではなく危機や恐怖を直視するような情報を示すことです。現実を正しく認識して、正しく恐がることを支援します。
【関心期】の人は、わかっちゃいるけどやめられない、やめる自信がないから踏み出せないということもあります。成功した人の具体的な取り組みを情報提供したり、協力するなどと励ましたりして、できそうな気持ちや、一歩踏み出す意欲を盛り上げる支援も有効です。
単に「やるべき」「やりなさい」と言うだけでは、望む状態を遠ざける結果を招くことが多いようです。本人のためを思ってのことなのに、コミュニケーションって本当に大変ですね。
未成年の息子の喫煙をやめさせた父親の話
昔、未成年の息子の喫煙をやめさせた父親のエピソードを読みました。こんなお話でした。
音を上げた母親から何とかしてと頼まれた父親でした。何度も叱って、怒って、やめさせようとしました。しかし、息子は反発するだけです。話を聞いてもくれません。
ある日、父親は息子を呼びました。タバコをやめろとは言わないから、ただ話を聞いてくれと頼みました。
父親は紙芝居のように資料を見せながら話し始めました。今だとパワーポイントでスライドを順に見せていくような形です。資料には、父親がタバコについて調べ抜いたことが記されていました。タバコの有害性について。喫煙者の肺と健康な肺の違い。などなど、データや画像などを駆使して詳細な情報を示しました。
翌日、まだ数本残っている状態で、ぎゅっとひねってゴミ箱に捨てられているタバコを母親が見つけたそうです。
同じことをやれば誰もが同じ結果を得られることはないと思います。その違いは普段のコミュニケーションにあると思います。
本人が受け入れやすい伝え方
掲示板には、アドバイスを参考にして、このように夫に伝えてみましたと相談者のコメントがありました。
あれから実は主人に、メールで本心を伝えました。本当は直接言うべきだったのですが、上手く伝えられる自信もなく、喧嘩になるのも嫌だったので、メールにしてしまいました。
簡単に内容を説明すると、あなたの性格は好きだし、一緒にいたら楽しい、でも見た目が変わりすぎて男性として見れない、見るたびイライラしてしまうからあまり見ないようになってしまった。でもやっぱりそんな関係になってしまったんだと思うと悲しくなると書きました。だから私のために痩せて下さい。お願いします。
と伝えました。
分かった、頑張ります。と返信がありました。
私が相談者の立場でも、同じような表現で気持ちを伝えます。受け入れてもらえそうな感触があれば、情報提供を加えて不安な気持ちも伝えます。
上記の表現の良いところは「そんな関係になってしまったんだと思うと(私は)悲しくなる」と【私】を主語にして気持ちを伝えていることです。「私メッセージ」や「アイメッセージ」と言われる表現です。私メッセージで気持ちを伝えると、相手に受け取ってもらいやすくなります。
私メッセージの反対は「あなたメッセージ」「ユーメッセージ」です。【あなた】が主語です。「(あなたは)太りすぎだから食事制限して」のような表現です。これは、相手が「責められている」「非難されている」と感じやすい表現です。苛立ちの気持ちも声や表情に表れているでしょうから、尚更そのように受け取られやすいです。
怒りは二次感情であることが多いです。二次感情とは元の感情(一次感情)によって喚起された二次的な感情という意味です。掲示板の例では、一次感情は「悲しみ」です。「これ以上悲しい気持ちにさせないで!」という「怒り」が二次感情です。
相談者のコメントの良いのは、「悲しみ」という一次感情を「私メッセージ」で伝えたことです。「怒り」を「あなたメッセージ」で伝えるのとでは、相手の感じ方や受け取り方がまったく変わるのは容易に想像できると思います。
「私メッセージ」は、アサーティブコミュニケーション(自分も相手も尊重するコミュニケーション)の技法の一つです。次回はアサーティブコミュニケーションを紹介します。