
執筆者:山崎 孝
公認心理師・ブリーフセラピスト・家族相談士
パートナーの言動に過剰に反応してしまう。ネガティブな考えが頭から離れない。「また同じことをしてしまった」と自分を責める。
こうした悩みには、認知行動療法が役立ちます。認知行動療法は、考え方(認知)と行動のパターンを見直し、より適応的でバランスの取れた選択ができるようにする心理療法です。
認知行動療法について、考え方や行動を「変える」という説明を多く目にするかもしれません。しかし、これは正確ではありません。
認知行動療法の本質は、認知や行動を「変える」ことではなく、「幅を広げる」「選択肢を増やす」ことです。
一つの極端な見方に囚われるのではなく、複数の視点を持てるようにする。状況に応じて、より適応的でバランスの取れた認知と行動を選択できるようにする。これが認知行動療法の目指すところです。
同じ出来事でも、人によって受け止め方は異なります。
例えば、パートナーがメッセージに返信しない。この出来事をどうとらえるか。
出来事そのものではなく、その出来事をどうとらえるかが、感情や行動に影響します。
認知行動療法では、人の内面を4つの領域で理解します。
これら4つは互いに影響し合っています。認知が変わると感情が変わり、行動も変わります。行動が変わると、認知や感情も変わります。
仕事から帰る時間を過ぎても、パートナーが帰ってこない。連絡もない。
同じ出来事でも、とらえ方によって反応は全く異なります。
多くの場合、認知は「予想」であって「事実」ではありません。
Aさんの「事故に遭ったかもしれない」は予想です。Bさんの「私のことを考えていない」も予想です。
パートナーは単に仕事が長引いただけかもしれません。スマートフォンの充電が切れただけかもしれません。
不安や怒りが大きい時、予想と事実の区別がつかなくなることがあります。認知行動療法では、まず自分の認知に気づくことから始めます。
認知に気づいたら、他の可能性を考えてみます。
一つの認知に囚われるのではなく、複数の可能性を考えます。これを「認知の幅を広げる」と言います。
どの可能性が正しいかは、まだ分かりません。しかし、選択肢が増えることで、不安や怒りが和らぐことがあります。
認知の幅が広がると、行動の選択肢も増えます。
何度も電話する以外に、落ち着いて待つという選択肢が見えてきます。文句を言う以外に、「連絡がなくて心配した」と伝えるという選択肢が見えてきます。
また、行動を変えることで認知が変わることもあります。試しに落ち着いて待ってみたら、思ったほど不安にならなかった。こうした体験を「行動実験」と呼びます。
パートナーが少し不機嫌そうにしているだけで「嫌われた」と思ってしまう。パートナーが疲れていて話さないだけで「私に興味がない」と感じてしまう。
こうした過剰反応は、極端な認知パターンから来ています。認知行動療法で、このパターンに気づき、よりバランスの取れた見方ができるようにしていきます。
夫婦・カップルの問題には、誤解が絡んでいることがよくあります。
パートナーの行動を「私を大切にしていない証拠」ととらえる。実際には、パートナーは別のことを考えていただけ。こうした誤解が、関係性を悪化させます。
認知行動療法では、自分のとらえ方を確認し、パートナーの意図を確かめることで、誤解を解いていきます。
認知行動療法は、パートナーとのコミュニケーションを改善する助けにもなります。
自分の認知パターンに気づくことで、パートナーの言動をより正確に理解できるようになります。「不機嫌そうに見える」という自分の解釈と、「実際にパートナーが何を感じているか」を区別できるようになるのです。
また、自分の気持ちや考えを適切に伝える力も育ちます。「あなたが悪い」という非難ではなく、「私はこう感じた」という自分の気持ちを伝える。このコミュニケーションの変化が、二人の関係性をより良い方向へ導きます。
「また同じことをしてしまった」「私はダメな人間だ」と自分を責める。
この極端な自己批判は、気持ちを落ち込ませ、さらに問題を悪化させます。認知行動療法では、この極端な認知パターンに気づき、より現実的でバランスの取れた見方ができるようにしていきます。
例えば、「完璧ではないけれど、できていることもある」というバランスの取れた見方です。
初回のカウンセリングでは、今困っていることを伺います。どのような状況で、どのような認知が生まれ、どのような感情や行動につながっているか。
4つの領域(認知・感情・身体・行動)で整理しながら、問題のパターンを一緒に確認していきます。
認知行動療法の特徴の一つは、カウンセリング室の外での取り組みを重視することです。
カウンセリングで学んだことを、日常生活で試していただきます。例えば、不安になった時に自分の認知を書き出してみる。「いつもと違う行動」を試してみる。
次回のカウンセリングで、その結果を一緒に振り返ります。
認知行動療法の目標は、最終的にあなた自身が自分で対処できるようになることです。
カウンセリングを通して、認知と行動の幅を広げる方法を学びます。カウンセリングが終わった後も、同じような問題に自分で対処できるようになることを目指します。
認知行動療法は、数多くの研究によって効果が確認されています。うつ病、不安障害、トラウマなど、様々な問題に有効であることが分かっています。
厚生労働省も推奨しており、公式サイトで認知行動療法のマニュアルを公開しています。
参考:心の健康|厚生労働省
認知行動療法は、理論が明確で分かりやすいという特徴があります。そのため、多くの書籍やWebサイトで紹介されています。セルフケアにも活用しやすいアプローチです。
認知行動療法は、日常生活での具体的な問題に対処するのに適しています。
一方、「人生の意味とは」「自分らしく生きるとは」といった、より深い自己探求のテーマには向いていません。そうしたテーマには、来談者中心療法の方が適していることがあります。
従来の認知行動療法は、極端な認知をより適応的な認知に変えていくことを重視していました。
第三世代の認知行動療法では、認知を変えようとするのではなく、認知から距離を取ることを目指します。
「また私はダメだと考えている」と気づく。その考えを変えようとするのではなく、「ああ、そういう考えが浮かんでいるな」と観察する。
考えに巻き込まれず、考えをただ観察する。この姿勢を「マインドフルネス」と呼びます。
ネガティブな考えが次々と浮かび、止まらなくなる。これを「反すう思考」と言います。
うつ病の再発メカニズムの研究によると、再発する人にはこの反すう思考が見られることが分かっています。マインドフルネスは、反すう思考から距離を取るのに有効です。
ブリーフセラピー・家族療法は、関係性のパターンに注目します。二人の間で繰り返されるやり取りのパターンを見直すことを重視します。
認知行動療法は、個人の内面に注目します。あなた自身の認知と行動のパターンを見直し、より適応的な選択ができるようにすることを重視します。
来談者中心療法では、カウンセラーが指示やアドバイスをしません。あなた自身が気づいていくことを待ちます。
認知行動療法では、カウンセラーが積極的に働きかけます。認知と行動の幅を広げるための具体的な提案をします。
違います。認知行動療法は、無理にポジティブに考えることを勧めるものではありません。
現実を無視してポジティブに考えても、問題は解決しません。認知行動療法では、より現実的でバランスの取れた見方を目指します。極端な認知から、柔軟でバランスの取れた認知へ。その状況において、より適応的な認知と行動を選択できるようにしていきます。
宿題の内容や量は、あなたの状況に合わせて調整します。負担に感じる場合は、遠慮なくお伝えください。できる範囲で取り組んでいただければ大丈夫です。
はい、効果があります。認知行動療法は、個人の認知と行動に焦点を当てるアプローチです。あなた自身の反応パターンが変わることで、パートナーとの関係性も変わっていくことがあります。