
執筆者:山崎 孝
公認心理師・ブリーフセラピスト・家族相談士
当カウンセリングルームでは、主にブリーフセラピー(短期療法)による支援を行っています。
ブリーフセラピーは「短期療法」と訳されますが、単に「短い期間で終わる」という意味ではありません。「必要なことにしぼって、できるだけ効果的に変化を起こす」ことを重視したアプローチです。
ブリーフセラピーは、家族療法から発展した心理療法です。個人の心の中だけでなく、人と人との関係性に注目するという家族療法の考え方を受け継いでいます。
夫婦・カップルの問題では、長年積み重なった不満や、複雑に絡み合った問題に直面することがあります。ブリーフセラピーは、そうした状況でも「今できること」に焦点を当て、小さな変化から解決への道を開いていきます。
夫婦の問題について「なぜこうなったのか」を探り始めると、話は過去に遡っていきます。結婚当初の出来事、育った家庭環境、性格の違い。原因を探せば探すほど、解決は遠のいていきます。
ブリーフセラピーでは、原因探しよりも「これからどうなりたいか」「今できることは何か」に焦点を当てます。過去は変えられませんが、未来は変えられます。
注:過去の出来事そのものは変えられません。しかし、その出来事が今に及ぼしている影響は変えることができます。思い出すと苦しくなる、同じような場面で身構えてしまう。そうした現在への影響には対処が可能です。
夫婦の問題を話し合うと、どうしても「あなたが悪い」「いや、あなたこそ」という責任の押し付け合いになりがちです。
ブリーフセラピーでは、問題を個人に求めません。「どちらが悪いか」ではなく「どのようなパターンが問題を作っているか」を考えます。問題を二人の関係性のパターンとして捉えることで、責任追及から解放され、協力して解決に向かいやすくなります。
「性格を変えなければ」「根本から解決しなければ」と考えると、重荷に感じてしまいます。
ブリーフセラピーでは、小さな変化を大切にします。大きな変化は負担が大きく、「できない」と感じて抵抗が生まれやすいものです。しかし、小さな変化なら実行しやすく、すぐに取り組めます。
夫婦や家族といった関係性には、面白い特徴があります。たとえ一部に小さな変化が起きただけでも、全体がそれに反応してバランスを取り直そうとします。一人が「いつもと少し違うこと」をするだけで、関係性全体に影響が広がっていくのです。
この小さな変化が、悪循環に「くさび」を打ち込むきっかけになります。そして、小さな成功体験が次の小さな変化を引き起こし、やがて良い流れ(良循環)を生み出していきます。
大きな決断や劇的な変化を求めるのではなく、できることから始めます。
夫婦・カップルには、繰り返されるパターンがあります。ある状況になると、いつも同じような展開になる。そのパターンこそが、問題を維持しています。
ブリーフセラピーでは、このパターンを一緒に見つけ、変えていきます。パターンが変わると、問題が問題でなくなることがあります。
ブリーフセラピーには、大きく分けて2つのアプローチがあります。一つは悪循環を断ち切るアプローチ(MRIアプローチ)、もう一つは良循環を広げるアプローチ(解決志向アプローチ)です。
夫婦の問題には、「良かれと思ってやっていること」が逆効果になっているケースがよくあります。
例えば、夫の無口を心配した妻が「何か話して」と促します。夫はプレッシャーを感じて、さらに黙ります。妻はますます心配して話しかけます。この「心配して話しかける」という行動自体が、意図に反して「黙る」を強化してしまうのです。
カウンセリングでは、このような悪循環を一緒に見つけます。そして「いつもと違うこと」を試してみます。
例えば、妻が話しかけるのを控えてみる。すると、夫の方から話し出すことがあります。あるいは、夫が「今は話したくないから、後で話すね」と自分から伝えてみる。すると、妻の心配が和らぎ、待つことができるようになります。
別の例では、妻が夫に不満を伝えると、夫が「言い訳」をします。妻は「また言い訳」と更に不満を伝えます。夫は更に言い訳をします。この循環が続きます。
この場合も、どちらかが対応を変えてみます。
例えば、妻が不満を伝えるのをやめて、夫の言い分を一度受け止めてみる。「そういう事情があったんだね」と返してみる。すると、夫は言い訳をする必要がなくなり、自分から「次はこうするよ」と言い出すことがあります。
あるいは、夫が言い訳をする代わりに「ごめん、そうだったね」とまず認めてみる。その後で事情を説明する。すると、妻の不満が和らぎ、「仕方なかったね」という反応に変わることがあります。
「いつも喧嘩ばかり」と感じていても、実は24時間365日、常に喧嘩しているわけではありません。穏やかに過ごせている時間もあります。この「例外」こそが、解決のヒントです。
カウンセリングでは「最近、少しマシだった日はありましたか?」と尋ねます。多くの方が「そういえば先週の水曜日は…」と思い出されます。
その日、何が違ったのか。妻が先に寝ていた。夫が早く帰ってきた。たまたま好きなドラマを一緒に見た。この「たまたま」の中に、解決の種があります。
「たまたま」を「意図的に」に変えていきます。週に一度、好きなドラマを一緒に見る時間を作る。この小さな変化が、関係性全体を変えていくことがあります。
ブリーフセラピーは、以下のような状況で特に役立ちます。
初回のカウンセリングでは、まず今困っていることを伺います。どのような状況で、どのようなパターンが繰り返されているのか。お二人それぞれの話を聞きながら、関係性のパターンを一緒に確認していきます。
「どうなりたいか」「どうなったら良くなったと感じるか」も大切なテーマです。大きな目標でなくても構いません。「少し話せるようになりたい」「喧嘩の回数が減ったらいい」そうした具体的な希望を確認します。
2回目以降は、前回から今回までの間に起きた変化を確認します。「いつもと違うこと」を試した結果はどうだったか。うまくいったこと、うまくいかなかったことを振り返ります。
うまくいったことは続けていきます。うまくいかなかったことは、別のやり方を一緒に考えます。この積み重ねが、少しずつ関係性を変えていきます。
セッション時間は1回50分程度です。頻度は2週間に1回を目安としていますが、ご希望により調整可能です。
数回で変化を感じる方もいれば、時間をかけて取り組む方もいます。「ブリーフ(短期)」という名前にとらわれすぎず、お二人のペースに合わせて進めていきます。
「短期」とは「短い期間」という意味ではなく「効率的」という意味です。原因探しや悪者探しに時間を使わず、解決に直結することに焦点を当てるため、結果的に効率的な支援になります。ただし、急ぐことはありません。変化には時間がかかることもあります。
いいえ、一人でも大丈夫です。一人の行動が変われば、関係性全体に影響します。「相手を変えよう」ではなく「自分の関わり方を変えてみる」ことで、パートナーの反応が変わることがあります。
ブリーフセラピーでは、日常生活において「こんなことを試してみませんか」と提案することが多くあります。また、「試せそうなことを一緒に考えてみましょう」とお声がけすることもあります。
ただし、これらはあくまで提案です。義務のようなものではありません。試すかどうか、どう試すかは、お二人が決めます。状況によっては、具体的な提案をせず、お話を伺うことに専念する場合もあります。