パートナーに不倫されたけれど再構築を決断した。しかし、LINEのやり取りや写真、レシートなどの証拠を長期間手元に置いておき、捨てることができない。
証拠を手放すのをとてもむずかしく感じる方は少なくありません。むしろ多いと思います。決して異常なことではなく、トラウマを負った心の自然な反応として理解できます。今回は、心理学の視点から「証拠を捨てられない心理」について考えてみたいと思います。
証拠を捨てられない理由:7つの心理的な働き
パートナーの不倫・浮気の証拠を持ち続ける行動には、いくつかの心の働きが関係しています。ここでは、主なものを整理してみました。
不安をやわらげるための「安全行動」
「また同じことが起きたらどうしよう」という強い不安を少しでも抑えるため、証拠を持っておくことで“保険”のような安心感を得ようとする働きです。
例:LINEのやり取りをUSBに保存し、いつでも見返せるようにしておく
現実を確かめるための「記録」
パートナーが過去の行為を否定したり、ごまかしたりすることに備えて、「自分の記憶は正しかった」と確認するための証拠を持ち続けることがあります。
例:「自分がおかしいわけじゃない」と確かめたくて、証拠を読み返す
納得するための「意味づけの作業」
どうしてこんなことが起きたのか、自分は何を見落としていたのか──そうした疑問を整理し、物語として理解しようとする試みです。
例:チャット履歴を時系列で並べ、出来事の流れを整理する
「コントロール感」を取り戻す試み
自分の手で整理したり分類したりすることで、「状況を少しでも自分で握っている」という感覚を取り戻そうとする行動です。
例:証拠をフォルダ分けして管理し直す
感情を調整するための働き
強い怒りをわざと呼び起こすために見返したり、感情が麻痺した状態から抜け出すために証拠を使うこともあります。
例:感情が麻痺しているときに写真を見て「怒り」や「悲しみ」を呼び戻す
法的・社会的な備えとして
将来的に慰謝料請求や再発時の証明が必要になるかもしれないという実利的な理由で、証拠を持っておくことがあります。
例:スクリーンショットをクラウドに保存しておく
話し合いのための交渉材料として
やり直す条件や、関係再構築において自分の立場を守るための“カード”として使おうとする場合もあります。
例:「証拠はあるからね」とパートナーに伝える
特に重要なのは「意味づけ」と「コントロール感」
配偶者の不倫という出来事は、多くの人にとって、「信じていた関係が突然壊れた」「知らないところで裏切られていた」という、非常に大きな心の傷となる体験です。
こうした出来事が起きたとき、人は「なぜ、そんなことが起きたのか」を理解したいという気持ち、納得できる理由を求める気持ちが強くなります。
また、このような体験は、心の深いところに傷を残し、同時に「自分ではどうにもできなかった」「自分の力では止められなかった」と感じる、強い無力感、コントロール感の喪失をもたらします。
証拠を何度も見返したり、整理したり、保存し続けたりする行動の背景には、主にこの2つの心理的な働きがあると考えられます。
出来事を「意味づけ」したい気持ち

自分にとって何が起きたのかを理解しようとする気持ちは、とても自然で大切な反応です。「なぜこんなことになったのか」「どこですれ違っていたのか」「自分はどう向き合えばいいのか」──そうした問いに向き合い、自分の中で整理していくことで、心は少しずつ安定を取り戻していきます。
実際、アメリカで行われた研究(Bellet ら, 2020)では、トラウマを体験した人が証拠や記録を見返す行動(self-triggering)の理由として、最も多く挙げたのが「意味を理解したいから」でした。そして、複数の動機の中で「意味づけ」だけが、その行動の頻度と強く関係していたことが報告されています。
ちなみに、不倫された人が「ある日に聴いたことを、後日また聴く」という行動を繰り返すことがよくあります。
聴かれる側は「何度同じことを」と戸惑うかもしれませんが、された側には、出来事の詳細をもう一度確認し、心を整理し、意味づけしたいという強い気持ちがあります。これは、証拠を保持し続ける心理と共通する心の動きだと考えられます。
「コントロール感」を取り戻したい気持ち

また、証拠を整理したり保存したりする行動には、「自分が何かを選び、動かせている」という感覚──再び状況を握る感覚(コントロール感)を回復しようとする意図が含まれていることもあります。
自分の置かれた状況や関わる人を完全にコントロールすることはできませんが、ある程度コントロールできていると感じられることは心の安定につながります。逆に、まったくその感覚を持てないと、心が不安定になりやすくなります。
パートナーの不倫・浮気は、2人の関係性において自分が大切にしていたルールや信頼が一方的に破られる体験です。そうした経験は、自分の思いや行動がまったく届かなかったかのように感じさせ、心に深い痛みと混乱をもたらします。
心理学者エレン・ランガーとジュディス・ロディンが行った有名な実験では、老人ホームの入居者に観葉植物を配り、「自分で世話をする」グループと「職員が世話をする」グループに分けたところ、自分で世話をしたグループの方が健康状態や生存率が高くなるという結果が得られました(Langer & Rodin, 1976)。
この実験は、「自分の選択や行動で何かを動かせる」という感覚が、心と身体の回復に深く関わっていることを示しています。
このように、「意味を理解したい」「自分の手で少しでも状況を動かしたい」と思うことは、どちらも自然で健康的な心の反応です。不倫の証拠をなかなか手放せないという行動も、そうした心の働きの表れであり、今の自分を守るために必要な過程なのかもしれません。
おわりに
証拠をなかなか捨てられないのは、「過去に囚われているから」ではありません。それは、心を守るための様々な働きによるものです。中でも「なぜ?」という疑問を解消し、出来事の意味を見つけたいという気持ちは、ごく自然で大切な心の動きと言えるでしょう。
ですから、誰かに責められる必要も、ご自身を責める必要もありません。少しずつ、心が穏やかになる方法を一緒に探していきましょう。
参考文献
- Bellet, B. W., Jones, P. J., & McNally, R. J. (2020). Self-triggering? An exploration of individuals who seek reminders of trauma. Clinical Psychological Science, 8(4), 739–755. https://doi.org/10.1177/2167702620917459
- Langer, E. J., & Rodin, J. (1976). The effects of choice and enhanced personal responsibility for the aged: A field experiment in an institutional setting. Journal of Personality and Social Psychology, 34(2), 191–198. https://doi.org/10.1037/0022-3514.34.2.191