子どもの習いごと、仕事と家庭のバランス、お金の使い方。日常の選択で意見が合わないとき、どちらが正しいかを争っても答えは出ません。
このような対立を解決するには、お互いが「目指す姿」を共有することが必要です。目の前の選択(点)ではなく、その背景にある価値観や方向性(線)を理解し合うことで、夫婦は納得できる決断ができるようになります。
前回の振り返り
前回は、言葉の背後にある「メタメッセージ」について説明しました。声のトーンや表情、状況などが、言葉の意味を大きく左右すること、そして誤解を防ぐために意図を言葉で補足することの重要性を紹介しました。
「目指す姿」とは何か
定義と背景
「目指す姿」とは、仕事や家庭、子育てにおいて、あなたが大切にしたいことや、将来どうありたいかという方向性のことです。
例えば、以下のような問いへの答えが「目指す姿」です。
これらは、日々の選択の背後にある価値観です。私たちは意識せずとも、この価値観に基づいて判断しています。
しかし、多くの夫婦はこうした根本的なことを話し合わないまま、目の前の出来事への対応だけを議論しています。そのため、同じような対立を繰り返してしまうのです。
なぜ夫婦に「目指す姿」の共有が必要なのか
チームとして機能するために
このシリーズの1回目で説明した通り、夫婦には仲の良さ(親密さ)だけでなく、関係の良さ(相互の尊重と協力)も必要です。家庭を運営するには、チームとして協力する関係が求められます。
チームとして機能するには、メンバーが同じ方向を向いている必要があります。もし二人が目指す方向を共有していなかったら、日々の選択のたびに衝突が起きます。
例えば、一方は「仕事で成果を出すことが家族のため」と考え、もう一方は「家族との時間こそが最優先」と考えていたらどうでしょう。残業や休日出勤のたびに、対立が生まれてしまいます。
二人が「目指す姿」を共有していれば、このような対立を避けられます。
完全に一致させる必要はありません。むしろ、一致させることはむずかしいでしょう。しかし、相手が目指す方向が自分と異なっていることを認識していれば、何かを決めるときにすり合わせが必要だとわかります。
「相手はこう考えているから、ここは丁寧に話し合おう」という姿勢が自然と生まれます。これが前向きな話し合いにつながります。
お互いが何を大切にしているかを知っておくことが、チームとして機能するための土台となります。
点ではなく線で話すために
唯一の正解がないことで衝突したとき、どちらが正しいか、するしないの話を繰り返しても平行線になります。
例えば、「習いごとを週に3つさせる」「いや、1つで十分だ」という議論です。どちらにも理由があり、どちらが正しいとは言えません。
このような対立を解決するには、目の前の選択(点)だけを議論するのではなく、その背景にある「目指す姿」(線)について話し合う必要があります。点と点をつなぐ線、すなわち「過去から今、今から未来につながる方向性」です。
習いごとをさせるか、させないか。この点だけを見ていても答えは出ません。しかし、「何のために習いごとをさせるのか」「子どもにどう育ってほしいのか」という線で考えれば、お互いが納得できる答えが見えてきます。
具体例:習いごとをめぐる夫婦の対立

ある夫婦の相談
あるご夫婦の相談です。
妻は子どもにたくさんの習いごとをさせたいと考えていました。ピアノ、英会話、水泳、プログラミング。「将来の可能性を広げてあげたい」という想いからです。
一方、夫は「子どもには自由な時間が必要だ」と考えていました。「習いごとばかりでは、友だちと遊ぶ時間がなくなる」と心配していました。
二人とも子どものことを想っています。しかし、何が最善かについての考えは正反対でした。
「週に3つは多すぎる」「いや、これくらいは普通だ」
このような議論を繰り返しても、結論は出ません。なぜなら、習いごとに唯一の正解はないからです。
「目指す姿」を共有すると何が変わるか
カウンセリングで、二人に「目指す姿」について尋ねました。
カウンセラー: 習いごとをさせる目的は何ですか。
妻:子どもに色々な経験をさせて、得意なことを見つけてほしいんです。私自身、親が何もさせてくれなくて、大人になってから「もっと早く始めていれば」と後悔したことがあって。
カウンセラー:なるほど。ご主人はいかがですか。
夫:僕は逆に、習いごとばかりで友だちと遊ぶ時間がなかったんです。今思うと、あの自由な時間があったからこそ、自分で考える力がついたと思っていて。子どもには、そういう時間を大切にしてほしい。
二人の意見の違いは、それぞれの育った環境と、そこから生まれた「子どもにこう育ってほしい」という願いの違いでした。
どちらが正しいかではなく、どちらも子どもの幸せを願っている。そこが明確になったとき、話し合いの雰囲気が変わりました。
妻:あなたの気持ちはわかった。でも、私の後悔も理解してほしい。
夫:わかったよ。じゃあ、本人が楽しんでいる習いごとを優先して、数は2つまでにするのはどう?そして、半年ごとに見直す。
妻:それなら納得できる。子どもの様子を見ながら調整していこう。
このように、お互いの「目指す姿」を理解することで、二人が納得できる着地点を見つけられるようになります。
「目指す姿」を共有する方法
まずはお互いを知る
「目指す姿」に正解はありません。二人の「目指す姿」がすべて一致することもありません。
大切なのは、パートナーが何を目指しているかを知ることです。一致させることではありません。
人は相手に理解されていると感じたとき、相手を理解する気持ちがわいてくるものです。そうすると、「ここは譲りたくないけれど、ここは譲ってもいい」といった建設的な会話が起きやすくなります。
まずは、お互いがどんな背景を持ち、何を大切にしているかを知ることが第一歩です。
以下のような質問を共有してみましょう。
これらの質問に、正解も不正解もありません。お互いの答えを聴き合い、背景を理解し合うことが目的です。
階層を変えて考える
目の前の選択で行き詰まったら、一段上の階層で考えてみましょう。
唯一の正解がないことで衝突したとき、どちらが正しいか、するしないの話を繰り返しても平行線になります。そのようなときは、階層を変えて話し合うのが打開策の一つです。
習いごとの例で説明します。
階層1(目の前の選択):習いごとをさせるか、させないか
↓ 一段上へ
階層2(目的):何のために習いごとをさせるのか
↓ さらに一段上へ
階層3(願い):どのような人になってほしいのか
↓ さらに一段上へ
階層4(あり方):親としてどうありたいのか
このように階層を上げていくと、本当に大切なことが見えてきます。階層2や3で話し合うことで、階層1の選択が自然と決まることもあります。
仕事の選択であれば、このようになります。
階層1:転職するか、しないか
↓
階層2:何のために働くのか(収入、成長、社会貢献、安定など)
↓
階層3:どんな人生(もしくは仕事人生)を送りたいのか
↓
階層4:人生で本当に大切にしたいものは何か
階層を変えて話し合うことで、お互いの価値観を知ることができます。同じである必要はないし、同じになることもないでしょう。しかし、話し合うにあたって、複数の視点を持つことは有効です。
実践のコツ
相手の背景を理解する
相手の背景を理解すると、これまで理解できなかった行動の意味が見えてきます。
「幼少期の家庭環境から、プライベートの時間を大切にしているんだ」 「社会貢献を重視する価値観だから、給料より仕事の意味を優先するんだ」
このように相手を理解できると、「どうしたら二人の理想が実現できるか」という視点で話し合えるようになります。
日々の意思決定がスムーズになる
お互いが何を大切にしているかがわかると、日々の選択が楽になります。
パートナーから転職の相談を受けたとき、背景を理解していれば「なぜその選択をしたいのか」が理解しやすくなります。
お金や時間を何に使うべきか迷ったとき、二人の「目指す姿」を基準にすれば、自信を持って決められます。
複数の視点を持つ
「目指す姿」が同じである必要はありません。むしろ、違う視点を持つことが豊かな選択につながります。
大切なのは、相手の視点を知っておくことです。話し合うとき、複数の視点を持つことは、より良い決断を助けます。
定期的に確認する
「目指す姿」は、人生のステージとともに変わることがあります。
子どもが生まれたとき、仕事が変わったとき、親の介護が始まったとき。節目のタイミングで、改めて二人の「目指す姿」を確認し合いましょう。
まとめ






