
執筆者:山崎 孝
公認心理師・ブリーフセラピスト・家族相談士
不倫・浮気からの再構築のむずかしさは、傷つけた本人が傷ついたパートナーのケアを行うことです。以下のようなことが続くのは、決してめずらしくはありません。
傷ついたパートナーは、これらをやりたいからやっているのではなく、感情をコントロールできなくて、止められなくて、苦しんでいることが多いようです。
このページでは、傷ついた心のケアに必要な心構えと行動について整理していきます。
不倫・浮気された側が負う心の傷の大きさや深さは、傷つけた側の予想を大きく上回ることが多いです。「その程度としか思っていないのか……」と感じることで、さらに傷が深くなることもあります。
傷の大きさや深さを理解することは、心の傷のケアの第一歩と言えるでしょう。ここでは以下の視点から、心の傷の理解を深めたいと思います。
不倫・浮気は、過去や未来の意味を変えてしまうことがあります。しばしばトラウマ症状が見られます。人や社会への信頼が損なわれて、対人関係が変わってしまうことがあります。それらによって、抑うつ状態になることもめずらしくありません。
一つずつ掘り下げていきます。傷つけた側が傷つきの大きさや深刻さを理解することは、傷ついた側の癒しと再構築に欠かすことができません。
パートナーの不倫・浮気による傷は、現在の傷つきにとどまりません。これまで築いてきた過去、これから歩むはずだった未来の意味を変えてしまいます。
不倫・浮気は、現在だけでなく、過去の思い出にも影を落とします。それまで幸せだと感じていた出来事が、後から振り返ったときに痛みや疑念と結びついてしまうことがあります。
多くの人が大きなショックと混乱を経験します。その影響は日常生活にも及び、心の落ち着きを失い、これまで普通にできていたことがむずかしく感じられるようになります。
これからの人生に対する見通しや希望にも深い影響を与えます。未来を思い描くことが怖くなったり、再び誰かを信じることに強い抵抗感を持つようになったりすることがあります。
不倫・浮気による心の傷は「今この瞬間」だけの問題ではありません。過去・現在・未来にわたって影響を及ぼす深いものであり、その痛みを理解し、ケアしていくことがとても大切です。
以下は「過去・現在・未来の傷」をプレゼンテーション動画にまとめたものです。
トラウマとは、大きなショックやストレスを受けた経験によって負う心の傷のことです。ショックが大きすぎて心の中で消化しきれず、深い傷として残り、その後の生活に影響を与えます。
トラウマには以下の症状があります。
参考ページ:PTSDとは | 日本トラウマティック・ストレス学会
気づいた方もいらっしゃると思います。「過去・現在・未来の傷」は、トラウマ症状に関連するものです。
これらの症状は、自分を守るためのものと考えられています。これ以上の傷を負わないために、危険な兆候を見逃さないようにするためです。
心理学者のジョン・ゴットマン(アメリカの心理学者)は、「不倫は、他のどんな関係の問題よりも回復が困難なトラウマ体験である」と言います。
私たちは通常、自分自身・周囲の人たち・社会全般に対して、概ね信頼して大丈夫だという感覚を持っています。
しかし、パートナーの不倫・浮気という大きなショック体験は、その感覚を真逆にします。
「パートナーに裏切られたのは、自分に魅力がないからだ」といった自分自身に対して否定的な感覚が強くなります。簡単に言うと、自己肯定感が著しく低下します。
「私は誰と結婚したのだろう?」とパートナーを異星人のように感じる人もいます。「そのような人をパートナーに選んだのは自分」と自分に対する否定感が強くなる人もいます。
最も近くて信頼すべきパートナーに裏切られました。人間関係全般において、他者を信頼することが怖くなります。新たな傷を負わないための防衛的な反応と考えれば理解できると思います。
「二度と裏切らないから安心して。信頼して」と言っても、その逆の事実が起きました。言葉を信頼して更に傷つくことは避けなければなりません。
自分や他者への信頼感は、社会に対する見方に影響を与えることがあります。
「いつ、どこで、何が起こるかわからない」という不安定な感覚が常につきまとう感覚になる人もいます。明るい未来を描けなくなる人、暗い未来しか描けなくなる人もいます。
これらも、新たな傷を負わないための防衛的な反応です。期待しなければ裏切られることはありません。最悪のケースを想定していれば、仮にそれが起きてもダメージが小さくなります。
以上の傷によって生活全般に悪影響が及ぶことは、容易に想像できると思います。抑うつ状態になることもめずらしくありません。
傷つけた側がパートナーの心の傷を癒す取り組みとして、「傷の大きさ・深さ・意味を理解する」「不安を和らげるために行動を変える」「感情を受け止める」の3つを提示します。
ほとんど場合、心の傷の大きさ・深さは、傷つけた側の予想を遙かに上回っています。その不一致によって、傷の癒し・ケアが進まず、再構築のスタートラインにも立てないといった状態になります。
心の骨折と考えればわかりやすいかもしれません。骨がくっついていないのに走ることはできません。骨がくっついて、多少のリハビリでも必要でしょう。傷の大きさ・深さの理解は、骨がくっつくのに必要な取り組みです。
理解をしても、その理解が相手に伝わらなくては意味がありません。言葉にする必要があります。丁寧なコミュニケーションが求められます。
傷ついた側は、大きな不安を抱えながら毎日を過ごしています。これ以上の傷を負うと再起不能になるかもしれません。ちょっとした兆候も見逃さないように緊張して過ごしています。
どのように行動するかは、独りよがりで決め手はいけません。パートナーと話し合って決めます。独りよがりで、パートナーにとっては、ピントの外れた意味のない行動をがんばっていることがあります。
パートナーの要望をすべて受け入れなければならないということではありません。出来ない約束をすべきではありません。約束を実行できなければ、それが新たな傷になることもあります。
とは言っても、一定の行動制限を受け入れる必要があるでしょう。
最初に述べたように、不倫・浮気からの再構築のむずかしさは、傷つけた本人が傷ついた側のケアを行うことです。
傷ついた側が強い怒り(悲しみなど他の感情のこともあります)をぶつけてくることはめずらしくありません。それが頻繁に起きたり、長時間に及ぶこともあります。
それらは、傷が癒えていくために必要なプロセスです。それらに逆ギレしたり、怒りで対抗したりすると、新たな傷を与えてしまうことがあります。しっかり聞いて受け止めることが求められます。
しかし、(怒りを含む)強い感情をぶつけられ続けると、受け止めるのが困難になります。「誰が傷つけたと思っているの!」と言われても、人間ですから限界があります。
そのようなときに役立つのがカウンセリングです。回復の過程において、「その怒りは妥当な怒りである」と誰かに認めてもらうことが必要です。その主役は傷つけた本人が務めなければなりませんが、カウンセラーと一緒に取り組むことで務めやすくなります。
また、カウンセラーは、語られた言葉の行間にある、まだ言葉にされていない気持ちを言語化するサポートを行います。お互い、より理解が深まったという経験を積み重ねることによって、傷の癒しが進んで行きます。
「これだけの傷を負って、再構築は可能でしょうか」と聞かれるのはめずらしくありません。その質問には、「可能です」と答えます。実際、夫婦の多くが結婚生活を継続されています。中には不倫・浮気前より関係が深まる例もあります。
病気と同じように、早期治療が回復のカギです。放置するほど回復も長引きます。時間だけが過ぎて、悪化して、パートナーから再構築の意志が消えて、その段階で来談されるケースがあります。「今さら遅すぎた」と残念な結果になることもあります。
早めの対処を強くおすすめします。