
執筆者:山崎 孝
公認心理師・ブリーフセラピスト・家族相談士
フラッシュバックとは、過去の傷ついた体験を、今まさに起きているかのように生々しく体験することです。トラウマ(心的外傷)の症状の一つです。
トラウマとは、災害の被災や犯罪被害など、自分の存在が脅かされるような強烈なショック体験によって負う心の傷のことです。PTSD(心的外傷後ストレス障害)の「T」はトラウマ(Trauma)のTです。
パートナーの不倫によって、トラウマに相当する傷を負う人はめずらしくありません。特にフラッシュバックの苦しさを訴えられることが多いです。
フラッシュバックの苦しさに加えて、「自分は壊れてしまったのでは」「元に戻れないのでは」等の不安や混乱に巻き込まれることもあります。
最初に申し上げておきたいのは、「それほどの傷を負ったのだから、そのような反応が起こるのは異常ではない。むしろ正常である」ということです。
薬を飲んでよく寝れば1週間くらいで回復する、といったことは起きませんが、適切なケアとサポートで回復に向かいます。希望を持って取り組んでいただきたいと思います。
傷つけた側の方には、「ケアの主役はあなたです。覚悟を持って向き合って下さい。しっかりサポートさせていただきます」と申し上げたいと思います。
このページでは、再構築を目指すことを前提に、トラウマ・フラッシュバックの対処について説明させていただきます。
以下は、日本トラウマティック・ストレス学会のHPに記されているPTSDの定義です。
PTSD(心的外傷後ストレス障害Post-Traumatic Stress Disorder)とは、実際にまたは危うく死ぬ、深刻な怪我を負う、性的暴力など、精神的衝撃を受けるトラウマ(心的外傷)体験に晒されたことで生じる、特徴的なストレス症状群のことをさします。
PTSDとは | 日本トラウマティック・ストレス学会 https://www.jstss.org/ptsd/ 2025年4月25日閲覧
パートナーがいるいないに関わらず、不倫はパートナーに、これほど大きな傷を与えることを認識しておくべきだと思います。
また、自身の不倫によってパートナーを傷つけてしまった人は、傷の大きさを理解して、必要なケアやサポートを自分が主役となって行う必要があることを知ってほしいと思います。
トラウマの主な症状は以下の4つです。
このページではフラッシュバックに焦点を当てます。トラウマ症状を含む、不倫によって負う心の傷全般の説明は以下のページをご覧下さい。
参考ページ:不倫・浮気による心の傷を癒す
フラッシュバックを含むトラウマの症状は、これ以上の傷を負わないための防衛反応です。
大きな傷を負った今、これ以上の傷は、たとえ小さくても致命傷になるかもしれません。過覚醒は、小さな兆候を見逃さないための反応です。回避・麻痺によって、苦痛を感じないようにします。
「私はおかしくなってしまったのでしょうか?」と聞かれることがあります。
冒頭の繰り返しになりますが、次のように答えます。
異常なことが起きたのですから、心や身体が異常な反応を示すのは、正常と言えます。自分を守るための正常な反応です。
フラッシュバックは記憶によるものです。ただし、通常の記憶とは大きく異なります。
通常の記憶は、時間、場所、出来事などが整理されて、過去の物語として保存されています。つらい体験を思い出して苦さを味わうことがあっても、自分をコントロールできなくなるほどのことはほとんどありません。
一方、トラウマ記憶は、感覚、感情、出来事が整理されずに、バラバラの状態で保存されています。断片化したまま冷凍保存されていると表現されます。
その冷凍保存された記憶が、何かのきっかけで瞬間解凍されて、あたかも今この瞬間に起きているように体験するのがフラッシュバックです。
以下の画像はAIで作成したものです。左側がトラウマ体験による断片化した記憶、右側が通常の記憶のイメージです。うまく表現されていると思います。
トラウマ記憶のメカニズムの詳細については、以下のページで説明しています。
詳細ページ:トラウマ記憶のメカニズム
つらい体験によるストレス症状は、多くの場合(教科書的には)1ヶ月程度で自然に回復します。実際には、2,3ヶ月程度かかるケースもめずらしくありませんが、それでも徐々に自然に回復することが多いです。
ちなみに、医学的診断基準(米国精神医学会診断統計マニュアル第5版(DSM-5))では、前述の症状が1ヵ月以上続いて、強い苦痛感や、生活に支障をきたしている場合、PTSDと診断されることがあります。
ところが、不倫によるトラウマ症状は、強度は下がりながらも、半年を超えることがめずらしくありません。むしろ、半年で終われば早い方かもしれません。
以下に、なぜ長引くのかについて説明します。
傷つけた側が、パートナーを適切にケア・サポートするために知っておく必要があるはずです。
トラウマ症状が収まる条件を一言で言うと、安心・安全を実感すること、確信することです。
不倫によるトラウマ症状が早期に収まりやすい条件は以下です。ただし、その人の内的な要因や環境にも影響を受けますので、下記が揃えば必ず早期に治まるとは限りません。
不倫の場合、これらの条件が整いにくいため、長引く傾向があります。
不倫によるトラウマ症状が早期に収まる条件が整いにくいのは、不倫が終わったこと、再発しないことを証明するのが困難だからです。
不倫が終わったこと、再発がないことの証明は不可能に近いと思います。
それでも、不倫をした側が再構築を望むのであれば、可能な限り安心・安全を感じてもらえるような姿勢や行動を示す必要があります。ただ「信じて」「もうしないと誓う」の言葉だけでは足りません。
一方、傷つけられた側が再構築を望むのであれば、完璧な安心・安全は不可能であることを前提に、再構築の道を歩むことになるのを受け入れる必要があります。
再構築のプロセスについては、以下のページをご覧下さい。
詳細ページ:不倫・浮気から再構築する
フラッシュバックを体験しているとき、多くの人が「こんなふうに感じる自分はおかしいのではないか」と悩みます。しかし、その感情は、とても自然なものです。
怒り、悲しみ、裏切られたという苦しさ、それらの感情を「感じてはいけないもの」と押し込めてしまうと、心はますます苦しくなります。
そんなとき、信頼できる相手に「それはつらかったね」「怒るのは当たり前だよ」などと気持ちを受けとめてもらえることは、安心感をもたらし、トラウマの修復を助ける力になります。
感情は、誰かに受けとめてもらえることで落ち着いていきます。何かを解決してもらう必要はありません。「話せたこと」「わかってもらえたこと」それ自体が、回復の力になります。
パートナーに裏切られたという体験は、「この人なら大丈夫」という安心感を根底から揺るがします。すると、自分の感情を誰にどう伝えたらいいのかわからなくなることがあります。
「こんなことを言ったら引かれるかもしれない」
「誰にもわかってもらえない」
そのように感じて、誰にも相談できず、孤立を深めてしまうことがあります。
そのようなとき必要なのは、批判されることなく、安心して自分の気持ちを表現できる場所です。信頼できる友人や同じ経験をした人たちとの対話であり、カウンセリングのその一つです。
安全な場所があることで、感情は少しずつほどけていきます。自分を守るために固まっていた心が、安心の中でゆるみ、癒しが進んでいきます。
トラウマの治療には、薬物療法、心理療法、セルフケアがあります。
薬物療法は薬による治療です。抑うつ、不安、パニックなどの精神症状、不眠などの身体症状の治療を行います。会話するのが困難な状態では、薬物療法が第一の選択になります。薬物療法と心理療法を併用するケースもあります。
カウンセリング(心理療法)では、バラバラのまま保存されている記憶の整理を進めるサポートを行います。また、傷つけた側がパートナーをどのようにケアするかの提案、傷ついた側のセルフケアの提案なども行います。
カウンセリングは多くても週1回、通常は2週間に1回、もしくは1ヶ月に1回のことが多いです。その間は自分たちで取り組むことになります。
フラッシュバックは記憶が侵入してきます。一方、通常の記憶は自分からアクセスします。この通常時のルートを意図して行うのが、フラッシュバックの心理療法の一つです。
あえて自分からトラウマ記憶にアクセスして、そのときの感情を他者に話したり、紙に書いて表現します。その繰り返しによって、バラバラのまま保存されている記憶の処理を進めます。
以上を繰り返すことによって、過去の物語として整理されるプロセスが進みます。以上のプロセスを自力で進めるのは困難なことが多いため、カウンセラーがサポートを行います。
傷つけた側によるケアは、パートナーの不安を和らげるために行動を変える、感情を受け止めるなどがあります。
パートナーは不安でいっぱいです。多少の行動制限は受け入れるべきでしょう。どのように行動を変えるのが良いかは人によりけりです。2人で話し合いましょう。
パートナーの気持ちを受け止めましょう。気持ちは怒りで表現されることが多いでしょう。その怒りは妥当なものだと他者に認められることで、徐々に手放していけるようになります。
パートナーの感情が高ぶってコントロールがむずかしいときは、言葉よりハグなど身体的なケアが有効なことが多いです。これも人によりけりです。どのような対処がパートナーの役に立つか、話し合いましょう。
詳しくは以下のページをご覧下さい。
参考ページ:不倫・浮気による心の傷を癒すには
フラッシュバックが起きているときは、意識が過去に引きずり込まれています。身体は現在にあり、意識が過去に持って行かれています。意識を現在に戻す試みが自分での対処になります。
フラッシュバック理屈ではありませんので、頭に理屈で働きかけるより、身体に刺激を加えるのが有効です。例えば、全身を大きく使って深呼吸を繰り返すなどです。
いくつかの対処法を紹介します。
これらの技法を日常的に練習しておくと、いざというときに役立ちます。
個人によって効果的な方法は異なるので、自分に合ったものを見つけてください。意識を現在に戻す取り組みなら何でもOKです。
フラッシュバックは苦しい体験ですが、適切な対処法と周囲のサポート、そして時間とともに回復への道が開かれます。一人で抱え込まず、必要に応じて専門家の助けを借りることも検討してください。