気持ちをうまく言葉にできない

執筆者:山崎 孝
公認心理師・ブリーフセラピスト・家族相談士

「気持ちを言葉にして伝える」のは案外むずかしいものです。気持ちを言葉にする代わりに、事実を列挙しているケースがあります。そして、「なぜわかってもらえないのか」と困っていることもあります。

事実の列挙で感情を訴えようとしている例

以下は事実の列挙で感情を訴えようとしている妻の例の創作です。わかりやすさを重視して誇張があることをご了承下さい。

妻

あのね、昨日の夜、あなたが帰ってきた時のこと覚えてる?

夫

どうだったかな? 何かあった?

妻

昨日の夜、帰宅したあなたはリビングに入ってきたら、何も言わずにテレビをつけて、ソファに座ったのよ。夕食の支度をしていた私は「お帰りなさい」と声をかけたけど、あなたは何も言わなかったのよ。

夫

ああ、そうだったの?

妻

それから、あなたは夕食を黙々と食べるだけで、私の話にろくに返事もしなかった。食べ終わると、また黙ってテレビを見始めたわ。

夫

ごめん。悪かった。

妻

あなたが帰宅したとき、私は笑顔で話しかけたよ。でも、あなたは無視した。夕食のときも話しかけていたのに、あなたは返事もろくにしてくれなかったよ。

夫

それは申し訳なかった。

妻

あなたはよく玄関のドアを乱暴に閉めるの。昨日もそうだった。そして、私を見ても何も言わず、ソファに座ってテレビをつけた。まるで私が存在しないかのように。

夫

それは申し訳なかったけど、何が言いたいの?

妻

(沈黙)

妻の発言は事実を列挙するにとどまっています。相手の感情を汲み取ることに長けている人なら妻の気持ちを理解できるでしょう。残念ながら、得意でない人のほうが多いかもしれません。

上記の例では、夫は妻の訴えを理解できないこと、事実描写が繰り返されることに、徐々にイライラを募らせます。夫の反応によって、妻はさらに事実の描写を重ねます。悪循環です。

妻の発言で感情表現に近いのは、「まるで私が存在しないかのように」です。掘り下げると、「存在しないかのように扱われて悲しい」「何度も繰り返されてつらい」「今や苛立ちを感じる」かもしれません。

気持ちの言語化が苦手な原因

気持ちをうまく言葉にできない理由や原因には、以下のようなものが考えられます。

  1. 自分の感情を認識し、言語化することが苦手
    • 感情に対する自己理解が不足している
    • 感情を表現するための語彙力が乏しい
  2. 恥ずかしさや不安から感情を表現することを躊躇する
    • 相手に嫌われたり、拒絶されるのを恐れている
    • 感情を表現することに慣れていない
  3. 相手への配慮から感情を抑え込んでしまう
    • 相手を傷つけたくない、または怒らせたくないと考える
    • 関係性を維持するために、自分の感情を犠牲にする
  4. 過去の経験から感情表現を避ける
    • 幼少期に感情表現を抑圧させられた経験がある
    • 過去に感情を表現して否定的な結果を経験した
  5. コミュニケーションスキルの不足
    • 適切な言葉選びや表現方法がわからない
    • 相手の反応を恐れて、率直に感情を伝えられない
  6. ジェンダーによる影響
    • 社会的・文化的な規範により、特に男性は感情表現を抑制しがち
    • 感情を表現することが弱さの表れとみなされる風潮がある
  7. アレキシサイミア(失感情症)の影響
    • 自分の感情を認識し、言語化することが極端に難しい
    • 自己の内面より外的な事実に関心が向かう

上記の例の夫は、「言葉にしないとわからない」「察するのは無理」と言いたくなるでしょう。私も家庭では夫です。その気持ちはわかります。しかし、理解する努力は望みたいところです。妻にも言語化の努力を望みたいです。

上記の例は、言語化が苦手な妻、察することが苦手な夫の構図になっていますが、当然ながら逆のパターンもあります。

アレキシサイミア(失感情症)とは、感情の気づきと言語化が困難な特性を指す言葉です。失感情症の訳語は誤解を招くという指摘があります。アレキシサイミアは感情が欠如しているわけではなく、感情の気づきや言語化が困難な状態です。

気持ちの言語化・気持ちの理解の練習

気持ちの言語化・気持ちの理解の練習法として、認知行動療法の認知再構成法(コラム法)を紹介します。以下の要領で、出来事・思考(出来事の意味)・感情を言語化します。

出来事思考・出来事の意味感情
帰宅した夫は私の挨拶を無視した。私の存在を無視している。
私を大切に思っていない。
私に怒っている。
悲しい
さびしい
こわい
食事中の夫は私の言葉を無視した。私の話を聞く気がない。
私に興味がない。
私に怒っている。
私を大切に思っていない。
さびしい
悲しい
こわい
不安
夫は玄関のドアを乱暴に閉めた。私に怒っている。
私の存在を無視している。
こわい
悲しい

「文」で表されるのは「思考・出来事の意味」です。「単語」で表されるのは「感情」です。練習ですから、最初はあまり厳密に考えなくても良いです。手に考えさせるつもりで、とにかく書いてみます。後で思考と感情に分ければ良いです。

気持ちの言語化は、メンタルヘルス・セルフケアの向上にもつながります。モヤモヤを明確な言葉で表現できると不快のサイズが小さくなります。また、モヤモヤの正体がはっきりすると、対処を考えるなど次のステップに進めます。

夫婦・カップルカウンセリングでは、お互いの気持ちを言語化して、相互理解を深めるサポートも行っています。

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